りかちゃん電報と歴史 3
りかちゃん電報と、その歴史について。
りかちゃんが受け入れられたもうひとつの理由は、親しみやすくちょっぴりオシャレな名前と、徹底したプロフィール作りにあります。
まず、リカちゃんというネーミングですが、いくらオシャレな名前がいいとは言え、外国人の女の子の名前では親しみが持てないですし、だからといって、○○子という名前が大半をしめていた当時に、同じような名前では陳腐すぎます。
その点、リカという名前は日本名でありながら、少女たちが憧れた外国の雰囲気も漂わす絶妙なネーミングでした。
また、リカちゃんは、女の子たちが憧れを持つことができるようなプロフィールが与えられました。
それが、父親はフランス人で音楽家、母親は日本人のファッションデザイナーという設定です。
当時は、日本で外国と言えばアメリカでしたが、その時代にあえてリカちゃんの父親をフランス人にしたのは、そのころアメリカンドリームそのものがあまりにも現実的すぎて、人形というメルヘンを体現する玩具には向かないという判断があったからでしょう。
さらに、リカちゃんは、そのころの日本人にとって驚くほど華やかな家に住んでいました。
和室の多い日本家屋に住んでいた女の子たちにとって、目を見張るものばかりでしたし、室内の内装も西欧風でシャレていて、当時の女の子なら誰もが憧れていたベッドまでありました。
このような家に住んでいる女の子が現実にいないことはなかったですが、そういう人は、まだかなりの少数派であった時代に、です。
このような暮らしは全くの夢物語かと言えばそうではなく、いつかリカちゃんと同じような生活を送れるかもしれない、と想像できるものでもありました。
だからこそ、リカちゃんハウスでリカちゃん人形と遊ぶ女の子たちは、リカちゃんの暮らしに憧れつつも、リカちゃんを自分になぞらえ、夢を持つことができたのです。